2012年05月19日
路上演劇祭当日、いよいよ
やっと一通りの準備が終わった。朝の段取りや場当たりの担当になっているので前夜から気が抜けない。出演団体でありながら実行委員でもあるので今年はめいっぱいハードである。持ち物も多い。正直大丈夫かなという思いも頭をもたげる。ま、なるようにしかならないけれど。出し物の練習、最後の一回全員そろわなかったのでちょっと悔しい。明日(今日)それこそ路上で練習しなくてはならない。火事場のバカ力、はたして出るか。
2012年05月17日
路上演劇祭近し、つつじも終わる。
2012年05月14日
石川香雪 書展 (ザザ中央館4Fギャラリー)
2012年05月08日
連休ピックアップ(2) ~御前崎方面へ~
連休時、一番の遠出は御前崎である。何ということはない、灯台のとこを回って市場で食事をしただけである。浜岡原発の横を通ったので、むしろそっちの方が気になってしまった。あのあたりは風力発電もさかんなようで、あの風車?(正式な名称はなんだろう)が相当な数並んでいた。原発は5日に北海道の泊原発が点検に入り、実質ゼロになった。このまま再稼働無しに夏を乗り切ることができればベストなんだろうがはたしてどうなるか。電力需要のことも大事だが、原発がらみで生計をたてている人たちもいるので、そこを国が(いや皆で)考えていかなくてはならない。再稼働するにしてもしないにしてもたいへん難しい選択であるとつくづく思う。3日は憲法記念日、新聞で学者の意見をいくつか読んだが、個人の尊厳(少数者の権利)を守ること、国家権力をしかるべく縛ること、そのあたりはどなたも仰っていた。震災や原発のことを考えると憲法は国民の精神的な支えになるべきものであろう。改憲の新しい流れもあると聞くが、どうも人的欲望が隠れているような気がしてならない。憲法はいわば何億光年ものかなたに光る星である。こちらからたどり着くことはできないが、目指す方向を確かにさし示していると私には思われる。
御前崎の帰り、菊川のたこまん本店に寄った。ここには工場と喫茶が併設されていて「たこまんワールド」全開である。喫茶にはぜんざいや特大パフェなんかもあってなかなかいい。場所が田んぼの中で自然も味わえる。あたりでは鯉のぼりが威勢よく風になびいていた。希望の旗のように。(今回写真がなく残念。ご想像を。)
御前崎の帰り、菊川のたこまん本店に寄った。ここには工場と喫茶が併設されていて「たこまんワールド」全開である。喫茶にはぜんざいや特大パフェなんかもあってなかなかいい。場所が田んぼの中で自然も味わえる。あたりでは鯉のぼりが威勢よく風になびいていた。希望の旗のように。(今回写真がなく残念。ご想像を。)
2012年05月07日
連休ピックアップ(1) ~浜松祭りなど~
今年は浜松祭り開催した。去年なかったせいかけっこうな盛り上がりを見せたようである。近くで高台の組が集まっていろいろやったようなのでちょっと覗いてみた(4日、風の強い日)。思ったより整然としてた。人が大勢集まるとそれなりの迫力があるのだなと実感したが、それ以上の感想は出てこない。屋台も電飾はきれいだったが、あれは人力なのか電動なのかそんなことが気になった。参加者のどれくらいが祭りのルーツを知っているのだろうか、そんなことも思った。私はどちらかといえば大通り沿いに植えられているつつじの色目に目を奪われていた(開花が例年よりやや遅いみたい)。
2012年05月01日
「世界の演出」スタディミーティング
昨日「世界の演出」スタディミーティングというイベントがあり(たけ文インフォラウンジにて)、少しだけ覗いてみた。WSでお世話になっている岸井さんの企画である。地域の興味深い人達と世界を良くする技術についてのんびり語り合う会ということで毎月1回何と10年間続けるイベントらしい。演劇人だけでなく、起業家や政治家まで含め、毎回6人の事例紹介者がさまざまな「演出」事例を紹介、ミーティング参加者は彼らの話を聴いたり、ともに話したりするというものだ(時間は8時間)。昨日は演劇フェスでもお世話になっている大岡淳さんの話が聞けそうなので出かけた次第。大岡さんのテーマは「自分を演ずることの限界」というもの。書物を5冊ほど紹介しつつ、ギリシャ・ローマ時代のペルソナ(仮面=人格)の話から、現代の過剰な自己を演出(演技)しなければならない就活の話まで、総覧したうえでの問題提起はたいそう刺激的で面白かった。道州制や現大阪市長の話など横道?にそれた話題も興味深かった。博識な大岡さんの取り上げるトピックは多岐にわたりながらも一つの観点で結びついていて説得力がある。知的興奮をもらうとでも言おうか。こういう話は折に触れ聞きたいものである。主催側の岸井さんやけのびの羽鳥さんも事例紹介者に名を連ねていて、こちらもぜひ聞きたかったのだが、そこまで時間がとれなかった。残念。またどこかでと思う。
2012年04月27日
かがくいひろしさんの絵本
2012年04月23日
路上演劇祭まであと1か月
自分たちの演目「パートナー」の練習も少しずつ進んでいる。「赤い糸」で結ばれた男2人が結婚式を挙げるシーンがある。メンデルスゾーンの「結婚行進曲」が流れる中、指輪の交換~フラワーシャワーなどを行う。フラワーシャワーは路上のお客さんにぜひ協力してもらいたいところだ。「糸」で自由が制限されて、演技が作りにくいのではと思われたが、2人とも動かないタイプの役者でさほど苦労はないようだった。というか、逆に役者としてもっと自由に動くことで、制限されてほしい気がした。まだまだである。
2012年04月19日
映画「ゴーストライター」
だいぶ前(2か月くらい前か?)「ゴーストライター」という映画を観た(ロマン・ポランスキー監督)。なかなか書くタイミングがなく今に至ってしまったが、かなり面白い映画だった(原作あり)。政界スキャンダルがらみのサスペンスだったが、脚本から映像まで巧みにできていた。元英国首相の伝記をライターが依頼される(名前が出ない主人公でゴーストと名のる)。知ってはいけないことまで知ってしまい、自身が事件に巻き込まれていくという展開。謎が謎を呼び、どうなるんだろう、と話に引っぱられるうちにそうだったのかという結末に至る。幕切れも印象的。細部がきっと凝っていると思うのでもう一度見たいと思わせる映画だ。若いころ観た「ユージュアル・サスペクツ」という映画を思い出した。こちらも最後にどんでん返しがあった。時々はこういう映画を楽しみたいものだ。
2012年04月13日
市美術館をめぐる構想
さて市の美術館ではないが、平野美術館に出かけた。「花鳥風月」をテーマにした日本画の展示。小野竹喬(チラシの写真)や横山大観、下村義寛らの作品が並び、なかなかの見応えであった。
2012年04月09日
花見日和
2012年04月05日
春の嵐、のち清明
話は変わるが、先月末、遠鉄で開催されていた武田双雲さんの書展に出かけた。主に漢字一字を書いたもので「絆」展と銘打たれていた(写真が作品「絆」)。書には原点にその人の筆跡があり、個性そのものが躍動する。中には字の形をとどめないものさえある。双雲さんのは親しみやすい。誠実に漢字の意味合いをすくいあげている。その字の中をダイナミックに動くものがある。ちょうど春を迎えた自然の躍動とでもいおうか。井上有一という方に「貧」の字を書いた書がたくさんあるが、その「貧」には人間の声がこれでもかというほどつまっていた。双雲さんのはどちらかといえば自然に寄り添って優しい感じがする。今回詩のような言葉が書についているからだろうか。思えば「漢字」はもともと自然物からもらったもので表意性が高いものだ。「漢字」の源泉に触れさせてもらった、そんなふうに言えるのかもしれない。
2012年04月03日
4月、スポーツの話題
週末のフィギュア、男子はよかったが、女子はふるわなかった。鈴木明子ははつらつとして元気だったけど、浅田真央は今回どうもいけなかった。ジャンプがこんなに飛べないのは見たことが無いというくらい。心身のバランスを整えるというのはどんなに一流になっても難しいのだろうなぁと思う。一度ピークを迎えたことのある選手だけに特にそうだろう。いいコメントを寄せる荒川静香も「元気があればもっとちがった」としか言えないようだった。次回に期待するばかりである。ちなみに男子・高橋選手のフリーの演技、ブルース調の音楽にのせたもので、オリジナリティがありとてもよかった。
プロ野球も開幕したが、春休みは選抜高校野球である。もう今日は決勝、大阪桐蔭vs光星学院(青森県としては初の決勝戦進出)、いい試合になってほしい。今年の選抜には、津波の被害にあった石巻工業が21世紀枠で選出され、しかも選手宣誓のくじを引き当てた。被災者としての実感、苦難を乗り越えようという意志、それらを国レベルで共有したいという思い、それぞれが短い中に凝縮されていて、胸を打つ宣誓だったと思う。ちなみにこの石巻工の監督は野球経験がなかったそうである。それでも野球が好きで野球にはまり、いい成績を残すようになったとのこと。すべては熱意と人間性の賜物だといっていい。勝負事ではあるが、楽しむ豊かさはこういうところからにじみ出るものなのである。「みちのくに白球を追ふさくらかな」
日本の未来はきっと明るい。
プロ野球も開幕したが、春休みは選抜高校野球である。もう今日は決勝、大阪桐蔭vs光星学院(青森県としては初の決勝戦進出)、いい試合になってほしい。今年の選抜には、津波の被害にあった石巻工業が21世紀枠で選出され、しかも選手宣誓のくじを引き当てた。被災者としての実感、苦難を乗り越えようという意志、それらを国レベルで共有したいという思い、それぞれが短い中に凝縮されていて、胸を打つ宣誓だったと思う。ちなみにこの石巻工の監督は野球経験がなかったそうである。それでも野球が好きで野球にはまり、いい成績を残すようになったとのこと。すべては熱意と人間性の賜物だといっていい。勝負事ではあるが、楽しむ豊かさはこういうところからにじみ出るものなのである。「みちのくに白球を追ふさくらかな」
日本の未来はきっと明るい。
2012年03月30日
「路上」に向けて稽古スタート
「路上」用に「PARTNER(パートナー)」という台本を書いた。「赤い糸」で結ばれた男性2人が「結婚」するというおはなしである。文字通り2人を「赤い糸」で結ぼうと思っている。不条理ふうな出だし。動きを制限された2人は心理的にも制限されるが、徐々にお互いの色に染まる。ただしセリフ劇として作っていない。マイムをスピーディに展開させてお客さんを引っぱりたいという考えだ。今日は「赤い糸」をはずそうとする最初のシーン。道具を使わずはずす(ちぎる)試みをしてみる。役者のアイデアでつくるように指示してある箇所だ。ひねる、ひっぱる、かじる・・自分のからだを使って必死になる。ひもなどで実際は結ぶところ、今日は結ばずにやったので完全なマイム、かなり頭の体操になった。というのも、実は一人相方がいなかったからだが、これじゃ本格的に稽古スタートしたことにならないかも。何はともあれまずは役者同士の予定の調整からということか・・。
2012年03月27日
路上演劇祭2012、本チラシ完成!
さて5月の路上演劇祭、チラシが完成した。今月のうちにも世間に出まわると思う(このページにはあとで追加する予定)。今回は15団体が参加、チラシ裏面にぎっしり紹介されているが、いやそれにしてもよく集まったものである。東京や大阪からも参加されるところがある。去年にひきつづきのところもある。普通じゃ見られない組み合わせといっていい。「路上」ならではである。うち(Mプラ)も入っているが、先日台本を書き終えた。セリフは少しあるが無声劇と銘打っている。A4でたったの3ページ、大部分はマイムや身体表現で見せるつもりだ。セリフや声に依らない作りに初めて挑戦する。男2人がメインである。はたしてうまくいくのか、この「未知との遭遇」を楽しみたいと思う。
2012年03月22日
吉本隆明さん逝去
思想界の巨人とも言われた吉本隆明さんが亡くなった。もともと詩人であったが、評論等で世に知れ渡った。私も若いころ「共同幻想論」や「言語にとって美とは何か」などの著作をわからないなりにかじった覚えがある。仕事をもってからは、作家論や人物論を大いに参考にさせてもらった。まさに一時代を築いた方である。その後、吉本ばななのお父さんというイメージもつけ加わった。普段はたいへんきさくな方であったらしい。一度TVで拝見したことがあったが、意外に声のトーンが高く、本のイメージと違い近所のおじさんという雰囲気だった。科学技術を信頼していて、原発の開発は人類として進めるべきという考えをお持ちだった由、このたび初めて聞いた。やはりこの話、人によって考えがいろいろだなぁと思う。科学者が人類の英知を結集させて事をなすのは、しかるべきことで退歩は無いと思うが、それらを生活レベルでどう運用するかはまた別問題のような気がするのだが・・。ともかくさまざまな「考えるヒント」を与えてくれた吉本さんに感謝である。ご冥福をお祈りしたい。
2012年03月19日
気のままランド、「春なのに・・2012」参加
2012年03月15日
気のままランド、週末公演!
早いものでもう3月も半ばを過ぎた。先週くらいから花粉症がひどい。今年の飛散量は少なめと聞いていたがどうなんだろうか。というわけで「春なのに・・」という感じになってきた。Mプラ内ユニット「気のままランド」、18日日曜に静岡のカフェピアノさんでリーディング風2人芝居をやります。去年に続いて「あべさだおはどこからきてどこへ行くのか」の第2弾、今回はあべの恋模様をこっそりのぞくという趣向。あべさだおと言えば、劇団第一の奇優である(というか浜松の中でもそうだろう)。彼の「恋」というわけだから、のぞき見したくなる気持ち、湧き上がって当然と思う。静岡近辺の皆さんぜひお越しくださいませ。詳しくは「春なのに・・」のHPまで。と、思いきり宣伝してしまったけど、練習回数がおぼつかなくて・・うーん、どうなるかとかと若干不安な面もある。本が書け、小道具類がそろい、これから本格的な練習をと思っていたら、本番まであと3日?!の状況だった。まったく不徳の致すところ。あべ、許せ。でも大丈夫。彼はバッチリやり遂げる。よね?
2012年03月12日
映画「ひろしま」、そして3.11
この3.11に合わせてか、福祉交流センターでお蔵入りいていた映画の上映会があった。映画「ひろしま」である(関川秀雄監督)。 チラシによれば1953年製作の本作はGHQによって封印され、今回ほぼ60年ぶりに日の目をあびるとのことである。主催は「福島を応援する会in浜松」で、映画の前には福島で農家を営む方のお話もあった。さて映画だが、終戦8年後、高校生たちが原爆症を発症するところから始まり、原爆を学ぶ流れの中で、原爆投下の日が描かれる、そんな作りになっていた。もちろん中心は原爆投下直後の惨状である。ストーリーというストーリーは存在しない(し得ないだろう)。記録映像に近い。長田新氏による「原爆の子」が下敷きにあるということで、子どもたちに焦点が合わせられていた。それにしても惨状や人々の様子はリアルで、恐ろしい。見ていてつらい部分もある。広島市民、先生や子どもたち合わせて8万人のエキストラが集められ、参画したというわけだから、その凄さは当然と言えば当然であろう。モノクロなので色などは間接的になったと思うが、伊福部昭の音楽が重々しく悲劇的でいかんともしがたい惨状をよく伝えていた(ゴジラ」の音楽を創った人です)。終盤、子どもたちががれきの中から身内の思い出の品を探す場面があるが、これなど震災後の様子とまったく同じだった。放射能でこの地(ひろしま)にはこの先70年は住めないというような話もされていた。今の日本を見越したような話である。上映後、幼い時被曝され、今70云歳になられた方のお話も聞いた。4、5年前にガンが発症したという。放射能の影響は長い時間を経てからあらわれる場合が多いとのこと。国は福島の方や原発で作業する人には健康管理手帳を渡し、定期的に検査をするようにしなくてはいけないと仰っていた。3.11、今年もいろいろなことを考えさせられた1日であった。

